式 辞
☆例年より一足早く、新しい春の息吹が感じられるようになりました。本日、ここにPTA会長 菊地 達也殿、紫西同窓会長 関根 利康殿 をはじめ,日頃から本校の生徒を限りない期待を込めて見守ってくださっている多くのご来賓のご臨席を賜り,ここに茨城県立下館第一高等学校 平成18年度 第83回卒業証書授与式が盛大に挙行できますことは,誠に有り難く厚く御礼申し上げます。
☆また,本日ここにご出席くださいました保護者の皆様には,我が子の晴れ晴れとした姿をご覧になり,さぞかしお喜びのことと思います。心からお祝い申し上げます。
☆しかし,ここで誠に残念なことですが悲しいお知らせをしなくてはなりません。 本来ならば皆さんとこの場にいるはずの○○さんが卒業を目前にして亡くなられたということです。3年間この下館一高で皆さんとともに学び,生活し,将来に大きな夢を抱いて勉学に励んでいましたが,突如として病魔におかされてしまい,大学病院での手厚い治療,ご両親の懸命な看護も残念ながら実らず黄泉(よみ)の国に旅立ちました。優秀な成績を収め,卒業判定会議で卒業が認定されたことから,今日の晴れの日を皆さんとともに迎えるはずでありました。○○さんはどんなに悔しい思いで旅立っていったことでしょう。本校は○○さんの3年間の努力を讃え,ここに卒業証書を授与することにいたしました。○○さんのご冥福を心からお祈りいたします。
☆さて、ただいま卒業証書を授与いたしました 289名 の皆さんの門出にあたり,皆さんが今日のうちに必ずやるべき事を教え、次に、今後それぞれの道を,それぞれの持つ力で歩んで行く際に,何らかの参考になればとの思いから,私が生きるうえでよりどころとしているある言葉をはなむけとして贈りたいと思います。
☆まず、今日のうちにやるべきことは、皆さんをこれまで慈しみの心で陰に陽に見守ってくださったご両親をはじめご家族の方に卒業証書を見せ、素直に感謝の気持ちを伝えることです。高校生という青年期特有の難しい年頃からご両親との心の距離が近かったり遠かったりさまざまな時期があったと推測しますが、一人の子どもを高校卒業まで育てることは私が言うまでもなく並大抵のことではありません。皆さんもきっと感じていると思います。であればこそ、素直に感謝の気持ちを伝えることが大切です。いかに社会が変化し、価値観が多様になってもこのことは普遍であると私は確信しています。このことを行って初めて本校を卒業したといえるのです。
☆次に・私が生きるうえでよりどころとしている言葉を贈ります。その言葉は 「莫妄想」(ばくもうぞう)という3文字の語句です。どんな字を書くかというと,「ばく」はまず「くさかんむり」を書きその下に「ひ,にち」を書きその下に「だい,おおきい」を書きます。「もう」は「忘れる(わすれる)の(ぼう)」,「ぞう」は「相手のあい」に「こころ」「想像するのそう」の字です。つまり「妄想する」の「もうそう」です。
☆私は,かなり前のことですが,「書」をみる機会があり,その中でこの言葉と出会ったのです。真っ黒な墨をたっぷりと吸い込んだ筆で一気に書き上げたと思われる作品で,書いた方は,当時の新日本製鐵株式会社の社長である武田 豊さんでした。書についてはなにも解らない私でも,書かれた字の力強さや躍動感が感じられ,素直にいい書だなと思えました。私の心に響くものがあったのです。
☆書かれた語句の意味は,「ばく」は「・・・するなかれ」ということですので「妄想するなかれ,取り留めもないことに惑うなかれ,でたらめな考えに惑うな,迷うなかれ」ということであろうとその場では思いましたが,武田さんが書の作品としてこの漢字3文字を題材にするからには,この語句には何らかの背景があるのではないかと思えたのです。しかし,その時は解りませんでした。
☆その後,この疑問について調べてみると北条時宗に関係する事が解ったのです。
☆皆さんもよくご存じのように,我が国は鎌倉時代に元に攻め込まれたことがありました。いわゆる文永・弘安の役です。元が攻めてくるという事態に出会い,時宗は日本を預かる身としてその対策にあれこれ思い悩んでいました。ヨーロッパまで国土を戦いによって勝ち取っていった元の国にどう立ち向かっていったらよいのか,日本は飲み込まれるのではないか,あれこれ思い悩んでいたのですが,自分のすべきことがわからなかったのです。そこで時の有名な禅僧であった「無学祖元」のところに赴むき,今,元が攻めてくることに対し一体私は,何をなすべきかを尋ねた訳です。四方を海に囲まれ,これまで外敵の襲来を受けたことがない我が国ですから,時の執権でありました時宗も日本を守るための対策に頭を痛めて悩んでいたわけです。
☆その時,無学祖元は,「莫妄想」(ばくもうぞう)の3文字を書いて時宗の前に黙って差し出したのです。時宗は示された「莫妄想」の意味するところを次のように捉えたのです。
☆「お前は何も考える必要はない。今,元の国から軍隊が襲来して来るのであるから,日本という国を守るために戦うこと以外に余計なことを考えるな。元は恐ろしい国であるとか,強い国であるとか,ないとか,元の戦い方がどうであるか,など考えるな,。雑念を払い,国を守るという一心(いっしん)で元に対峙せよ。」と無学祖元から教えられたと受け取ったのです。。これで時宗のはらは決まり迷いが吹っ切れたのです。
☆ちなみに,いまから5年前のNHK大河ドラマは「北条時宗」が放映されましたが,この中にも今お話した場面が放映されました。
☆皆さんはこれからも自分の未来は自分の力で拓いていくことになります。自分の努力,取り組み方でいかようにも状況は変化していきます。皆さんを待ちかまえている社会は自己責任が求められる社会であり,競い合う社会です。価値観は益々多様化し,社会はかなりの早さで進んでいくと思われます。その中でどう生きていくかと言うことが皆さんの最大の課題になると私は思います。
☆自分の理想・夢と自分の力のギャップ,自分のことを社会が,周りがどう認めているのか,自分の取り組みに明解な回答が見つからず迷い,悩むこと が数多くあると思います。
☆その中で時には,世の中が悪い,社会の仕組みが良くない,自分の考えていることと異なる,他者に非を向けることもあるかもしれません。しかし,そのような生き方は如何かなものかと考えます。
☆妄想を抜け出すためには,まずは,現実を直視し,受け入れ,その中で,自分が今やるべき事,また今やっていることに最善を,そして全力を尽くす事が必要であると言えます。
☆あれやこれやと思い悩む,言い続ける事のみから抜け出る「莫妄想」(ばくもうそう)の精神は,皆さんの今後の生き方を考える上で,必ずや示唆にとんだものになると思います。 (ばくもうぞう)
☆私は,この漢字3文字の「莫妄想」という語句をある方に隷書で書いていただき,それを表装し額に入れ部屋に掲げて,毎日一度は見ています。この精神にはなかなか到達できませんが,私は座右(ざゆうのめい)の銘としています。
☆卒業生の皆さんの,これからの人生に幸多いことを願い式辞といたします。
平成19年 3月 1日(ついたち)
茨城県立下館第一高等学校長 谷島英一